2009年03月24日

『白川静 〜漢字の世界観〜』文字は語る

 なんだか読んでくれている人がけっこう多いみたいです。最近あまり文章を書いてなくてちゃんとしたものが書けるかどうか分かりませんが、とにかく定期的に更新していこうと思います。

 ということで『白川静 漢字の世界観』(松岡正剛著 平凡社刊)を紹介したいと思います。以前から白川静(本書に習って以下、白川さん)の本や研究には興味があったのですが、なかなか触れる機会がありませんでした。ずるずると読まずにいるうちに書店で本書を見かけ、ビックリしました。「松岡正剛が白川静を語るなんて・・・!」。松岡正剛と言えば千夜千冊等が有名です。知の巨人として知られる一方、独自の知の技術として「編集」をキーワードにイシス編集学校の校長もされておられます。

 その松岡正剛が漢字研究において他に類を見ない業績を打ち立てた白川さんを語る、というのだから興奮しないというのがそもそも無理な話です。松岡自身もあとがきで「小さな本ではありますが、私自身は随分緊張しながら仕上げました。姿勢を正さなければ書けない、と感じたのです」(267ページより)と書かれているように、松岡正剛がこれほどのひたむきさで語ろうとする白川さんとは一体どのような人なのだろうか、という興味も改めて持ち上がり、この本を読んでみることにしました。

 「それぞれの文字は、その当初の形をなおもちつづけながら、自らの素性を語りたいと欲しているようである」(19ページより)と書いてあるように、漢字の研究を通して東洋の意識の根源に迫ろうとした学者です。漢字は単なる象形文字の組み合わせではありません。その根源においては言霊を封じ込めた「呪能」を持っていたのです。そのような言葉の持つ呪能を忘れて現代の我々は文字をただの記号として扱っている風潮があります。それでは我々はどのような世界観に立脚して文字を使用しているのかを十分に理解できないままになってしまいます。そこで、漢字が持つ本来の意味を探り、そこから日本や中国等を含めた「東洋」の成り立ちを見極めようとしました。この本ではその流れが俯瞰できるように書いてあります。

 「漢字がこんなに豊かな世界を持っていたなんて・・・」というのがこの本を読んでの素直な感想です。そして学会からの逆風にもめげずにひたすら自分の信じる道を行こうとする白川さんの姿勢に感銘を受けました。やはり身近なものにこそ透徹した目を向けること大事なのかもしれません。

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posted by たけたけ at 07:27| Comment(0) | 字形学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月15日

魔女の宅急便

 お久しぶりです。しばらく更新をさぼっていました。その間静かに・・・というわけでもないのですが、本を読んでいました。すると不思議なことに友人からの催促がありました。その時に僕が感じたのは、「見に来てくれてたんだ・・・」という奇妙な実感でした。
 やはり友人というのは良いものですね。なんだか社会人になってから人間嫌いというか、引っ込み思案になってた節があったので余計にそう感じました。やはり人と関わる、ということを疎かにしてはいけないな、と感じた次第です。



 ということで紹介させてもらいたいのがこの『魔女の宅急便』です。宮崎駿が映画化したことで有名ですが、『風の谷のナウシカ』と同じく原作に触れた方は少ないのではないでしょうか。僕もその一人です。原作には続きがあるのを知り、読んでみることにしました。
 男性の僕が書いても説得力がありませんが、13歳の女の子が感じる心の揺らぎの様なものがさりげない仕草や言葉にうまく託されてるな、と感じました。父親に求める無条件な優しさや、どうにかして母親から独立しようと一生懸命に背伸びをしようとするキキの姿に不思議な共感を覚えました。やはりキキの感じる心の動きは我々にもなじみ深いものなのかもしれません。キキを取り巻く周囲の人々のまなざしもまた、私にとっては懐かしく感じられました。
 そんな風にして家族と共に穏やかに暮らしていたキキはある日突然、故郷の町を飛び出して海を目指して独り立ちをします。始めての街、始めての人々。故郷の町のように暖かく魔女である自分を受け入れてくれると思っていたが、予想外に冷やかな人々の視線に戸惑います。その中でもどうにかして自分の居場所を作ろうとしてたまたま知り合ったパン屋のオソノさんの協力を得て宅急便を始めます。そして徐々に自分の居場所を創りながら、様々な人と出会い、新しい土地での新しい絆を紡いでいきます。
 ここまで書いてふと思ったのですが、やはり「自分」というものは人との関わりの中でしか見つけられないし、創ることもできないのかもしれません。話の最後で実家に戻ったキキは早くも自分の仕事場であるコリコの街が気になって休暇を早く切り上げて戻ろうとします。新しい友人や空を飛んでいる自分の姿を楽しみにしている人のことが気になってしまうのです。それだけキキが新しい街で自分を育てていた、ということでもあり、自分が街の人々との関係の中で育まれていた、ということの証であることのような気がしました。

 僕もキキとは大分年齢が離れていますが、やはり仕事で都会に出てきて見知らぬ人との関わりを多く持つようになりました。その点でキキとはとても共感すると共に、僕も負けていられないな、と元気を分けてもらう事ができました。進学、就職,転校、転職と多くの人が人生の中で始めての環境を何度も体験します。その中で自分を見つけようと頑張ろうとする人の心にはお転婆だけど一生懸命なキキがいるのかもしれません。

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posted by たけたけ at 23:33| Comment(0) | ファンタジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月07日

地球の長い午後

お久しぶりです。
久々のブログ更新となります。
今回は『地球の長い午後』というSF小説を紹介したいと思います。


 大陸全土を覆う、月までとどかんとする樹が地球を包み込む世界。
 この小説の舞台は現代から悠久の時間が流れた地球が舞台。すでに地球は自転を止め、沈むことのない太陽が世界を照らし続けています。その太陽も新生となり、寿命を迎えようとしています。肥大した太陽に照らされ、地上では植物が生物の王者として世界を支配しています。人間は地球に残された最後の獣としてひっそりと暮らしています。そこには現代のような人類の栄光はなく、世界の王として地上を跋扈する食肉植物に怯えながら生活しています。ヒトに備わっていたかつての輝かしい知性は失われ、体躯も環境に合わせて現在の五分の一になっています。
 このような人類の未来を想像力豊かに書き上げたのがこの本です。このような遠すぎて我々の想像が及びもしないような遠い未来世界の旅行記のような様子を呈しています。
 僕がこの本を読んで感じたのは、「人間の想像力が持つ魔力の恐ろしさ」でした。読んでいるうちに人類はこんな未来を辿るに違いない!というような根拠のない確信が芽生えてきます。そして植物が地球を覆い、食肉植物の恐怖に怯えながらひっそりと暮らす人類の黄昏に迷い込んでしまったような錯覚を受けました。著者の頭を借りて自分も想像の翼を広げて空想の世界へと旅立つ。決して現実では目にする事ができない不思議な世界を感じることができるのが読書の醍醐味の一つであるわけですが、この本を読んでこのことを改めて体験する事ができました。


posted by たけたけ at 11:08| Comment(1) | SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月13日

『狩猟と編み籠 対称性人類学U』新石器時代的宗教としての映画

お久しぶりです。今回は今までとは少し変わった本を紹介しようと思います。


『狩猟と編み籠 対称性人類学U』(中沢新一著 講談社刊)という本です。タイトルにある通り、『対称性人類学』の続編に当たるらしいのですが、僕は『対称性人類学』はおろか中沢新一の本や人類学の本を初めて読むため、彼の主張の流れや独特の論理展開、人類学の専門用語等、慣れないものが多くて彼の主張についていくのに少々苦労しました。なので今回この本を紹介をするにあたり、中沢新一の主張を誤って理解してしまっていたり、本質の部分を見逃していることがあるやもしれません。けれども、この本で初めて中沢新一に触れる人がどのような印象を抱くのか、ということの一つの指針にして頂ければ幸いです。

 端的にいえばこの本の主張は、映画の本質とは人類の心の深奥にある人間を人間たらしめているものである「流動的知性」を表現するために新石器時代の人々が行っていた宗教的儀式と本質的に同じ手法を用いて描こうとするものである、という壮大な仮説を打ち立て、検証し、正当性を確立しようとするものです。言うは簡単、行うは難し。中沢は本書の中で人間のイメージを構築しようとする過程と映画の中で生じる要素(映画館の構造、スクリーンの中で生じる様々な奇跡、悲劇,群像劇)が新石器時代に行われていた原始的宗教的儀式と以下に酷似しているかを指摘し、人間に今も変わらず存在するイメージの源泉を解き明かそうとします。
 そして新石器時代的宗教、すなわち人間が持つ流動的知性を直接その身に流動的知性を体験しようと試み、流動的知性をイメージに落とし込む堕落した宗教からの脱出がモーセの出エジプト記(原題:「エクソダス」は脱出を意味するギリシャ語)であり、これ以降に発生したユダヤ教やキリスト教、イスラム教などの一神教につながっていくと述べています。

 そして、ここで疑問が浮上します。ユダヤ教はイスラム教は偶像崇拝を禁止しているけれどキリスト教はイメージにあふれているじゃないか?という疑問です。ここでさらに面白い展開が待っています。聖骸布に写し取られたキリストは被写体に像が写し取られたという意味では世界で最初の写真の被写体であるとしてキリスト教に潜む映画的構造を明らかにしていきます。まず、キリスト教でも父である神は描かれません。神の子であるイエスを中心としてキリスト教におけるイメージは展開していきます。ここには神という超越的な存在から神の光(愛)によって受肉した存在であるキリストは、光によって感光し、乳剤(英語でエマルションemuisionと言いますが、これは「乳絞り」を意味するemulsusが語源)によって現像された写真、つまりイメージの現出と構造的に同一であることを指摘します。
 そしてキリストが唱える父と子と精霊という「三位一体(トリニティ)」の構造こそが単純性、普遍性という意味平面から過剰性という物語的立体構造を生み出し、これこそが約1900年後に生まれる映画の多情を予言しているとさえ言いたくなるほどの同一性を備えていると述べます。キリスト教はモーセがイメージから脱出する事によって新石器時代的宗教からの超克を目指したのに対し、キリストは自らが映画的存在になる事によってイメージの救済を目指したというのです。

 ここからまた更に話が進化し、貨幣と宗教という現代の宗教に置いても非常になじみの深いテーマについてについて考察します。貨幣も元々は神や為政者の姿を彫刻し、その権威を貨幣に宿らせ、価値という抽象的な概念を金や銀や銅と言った金属に与えようとしたものでした。このような構造が宗教、特に神の性質が宿った神の子としてのキリストと同一のものとなります。それ故に宗教と貨幣は分ちがたく、宗教は一方で清貧を奨励しながらも自身の下にはお金を引き寄せてしまうという奇妙な性質が生まれます。ここに人類が今まで抱えてきた宗教と経済の表面的な矛盾に潜む本質的な同一性が明らかとなります。
 そしてここにもイメージが関係します。物質をイメージの力によってそれただの物質以上の存在にする、というのが宗教と貨幣の共通項だと述べました。ではそのイメージの背後にはどのような流動的知性の動きが関わっているのでしょうか。未開部族では他部族との交流の際に贈与の儀式があります。そこでは部族の長から様々な貴重品がたくさん贈られます。そして時には「交換しようのないくらいの価値あるもの」である技巧の随をこらして作られた仮面を自分の気前の良さを示すために破壊したり捨てたりする習慣があります。この仮面が貨幣の原始的な姿であり、ここではまだ仮面に宿った抽象的概念は現れたり(作られる)消えたり(破壊する、捨てる)します。これではまだ貨幣としては成り立ちません。そこでせっかく生まれてきた富が消えないように現実的な意味でも価値の高い貴金属によって概念が消える穴を塞ぐことによって現実世界に富の思考が生まれる事になり、かくして経済として人々の間を循環し始めるのです。

 このように映画と宗教の間のつながりを通じて我々を見たこともないような世界へ連れて行ってくれるのが本書『狩猟と編み籠』です。今回は紹介、というより内容の要約になってしまいましたね。これで大体全五章のうちの3章くらいまでかな。続きが知りたい方がおられましたらリクエストをコメント欄にして下さい。3人リクエストがあったら残りの2章の紹介と僕なりの総括(印象?)を述べてみたいと思います。お気軽にリクエストしていってください!
(実はけっこう楽しみに待っていたりする(笑))
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posted by たけたけ at 22:21| Comment(1) | 人類学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月27日

『宇宙への秘密の鍵』 ふしぎっておもしろい!

『宇宙への秘密の鍵』(ルーシースティーヴン・ホーキング著 さくまゆみこ訳 岩崎書店刊)
という本を読みました。

車椅子の天才」スティーヴン・ホーキング博士とその娘さんのルーシー・ホーキングが子ども達に宇宙の不思議や魅力、科学の素晴らしさを伝えるために生まれたのがこの本です。本の至る所で宇宙の様々な様子や仕組みが語られます。物語と絡めて書かれているので情景が想像しやすく、とてもスムーズに理解する事ができました。特に僕がその分かりやすさに舌を巻いたのが、星が生まれる過程の様子とブラックホールに関する記述です。いままで何冊か宇宙に関する本を読んだことはあったのですが、ことごとく理解することに失敗していました。この本の記述が会話の中で分かりやすく説明されているのが良かったのでしょう。僕も主人公のジョージと一緒になって教師役のエリックから教えてもらっている気分で読む事ができました。そしてイメージも湧きやすく、頭の中でビデオを再生したり早送りしたりするかのように惑星の成り立ちを思い描く事ができます。その点もこの本だからこそできた理解のさせ方だと思います。
 物語は主人公ジョージの冒険が描かれていますが、この本は大きな物語の導入部分のような感じです。たくさんの伏線が張り巡らされており、これから生まれる物語に期待が膨らみます。悪役もどこか憎めない感じで、どちらかというとドタバタ劇を観ているかのような印象。宇宙空間の説明に力点が置かれているのでファンタジーとして読むと他作品に一歩譲る形になってしまいますが、宇宙のことについて知りたいという気持ちを一歩進めて実際に理解するためのスタートラインとしてはこれほど優れた本はないと思います。ここからホーキング博士の他の著作に行くもよし、別冊NEWTONの宇宙シリーズに行くもよし、よりどりみどりです。これからの物語では宇宙のどのような側面と絡めて物語が進むのか、とても興味がわきます。
 子どもはもちろん、SFものに興味があるけど難しそうでなかなかとっかかりが掴めずにいる、という方、学校では文系を中心にやってて理系の知識に興味はあるけど、今からそっちの理解を深めるにはわからない、というような科学知識に興味のある方には特におすすめです。逆に理系の勉強を中心にされておられる方が児童文学やファンタジー文学に触れるきっかけとしても抵抗が少なくていいかもしれません。宇宙の不思議について色んな集まってオフ会でも開いてみんなであーだこーだと話し合うのも面白いかもしれないな、と思いました。
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posted by たけたけ at 08:54| Comment(2) | ファンタジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月24日

リンク先追加のお知らせ

僕がいつも研究会などでとてもお世話になっている
ピュアリーさんの「発展途上臨床さいころじすとの航跡brog版」をリンク集に加えました。臨床的な考え方臨床心理学系の専門書を分かりやすく紹介してくれているので、そっちの方面に興味のある方はぜひ遊びにいってあげて下さい。
ピュアリーさん自身もとても面白くてエロい素敵な方です。興味があったらオフ会などに参加してみましょう。
posted by たけたけ at 23:00| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月23日

ブログ村ランキング参加のお知らせ

ジャンル別ブログランキングに参加することにしました。
これから
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というボタンが追加されると思いますので、ぜひ最後まで読んで頂けた方はクリックをお願いします。
posted by たけたけ at 14:31| Comment(2) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リンク先の追加

この前オフ会で知り合ったゆみっちょん♪さんのブログとリンクさせて頂くことになりました。とてもかわいらしいサイトですのでぜひ遊びに行ってみて下さい。
posted by たけたけ at 14:20| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月20日

潜水服は蝶の夢を見る



 『潜水服は蝶の夢を見る』(ジャン=ドミニック・ボービー著 河野万里子訳 講談社刊)という本を読みました。著者は意識や知性はそのままに、肉体だけが全く動かせない状態となった病気となった身で、唯一動かせるのは左目のまぶたのみ。これは自分の意識が動かない肉体に閉じ込められてしまったように感じられる事からロックトイン・シンドローム(閉じ込め症候群)と呼ばれています。そんな状態に置かれながらも瞬きを通して紡がれる彼の言葉を言語療法士が真珠を一粒ずつ集めるようにして作られたのがこの本です。作者の自分の身を楽観視するわけでもなく、どちらかと言うと悲観しながらも死力を尽くして生きることを味わおうとする彼の意思が独特のシニカルな文体を詩的な叙情で綴られます。
 読後感は不思議と爽やかで、自分の周りを改めて見渡していると、読む前には気付かなかったような自分との大切な関わりがみえてきて愛おしさがこみ上げてきます。
 中身はプロローグと28篇のエッセイからなり、著者の日常や回想などを様々な事が著者独自の体験として語られます。「自分の肉体に閉じ込められる事、君たちが日常何気なく行っている動作(テレビを消す体温計を脇に入れる)も他人にしてもらわねばならず、どんなに些細な事でも他者に自分の意思を伝えねばならないという事が僕にとってどれだけ苦痛で困難を伴う事かわかるかい?」と一歩間違えば悲壮さをにじませてしまう所のギリギリでアイロニカルで軽妙な調子で読者に問いかけます。
 そんな中で僕がこの本を通して感じたのは「自分自身を生きる事を諦めないからこそ見える希望」でした。著者はかつて自分が過ごしていた日常を思い返してはかつての輝かしい自分との差異、無配慮な看護士に悪態をつきながらも、それでも命ある限り自分を生きたい、という強烈な意志が、瞬きを通して吐き出された一語一語から感じられます。僕も一日一日を精一杯生きたいと思いながらも実際にはどうしたら良いか分からず、悶々と悩むばかりで時間だけが過ぎていく、という時期がありました。僕の心は「これからどうしたら良いか?」という問い一点に縛られていたように思います。ちょうど肉体に閉じ込められながらも想像力という名の翼で自由に飛翔するボービーの精神とは対照的に五体満足でありながらも僕の場合は心が縛られていたわけです。そんな中でこの本と出会えたおかげで「よし、ボービーだって瞬きを通して文章を紡いだんだ。僕だって!」と思い、文章を書く事を始めました。このブログもその流れの一環で立ち上げることにしたものです。
 ただきれいな言葉に触れたい、と思う人から過ぎ去っていく日々の中でどうしたら良いか分からずもがいている人まで、この本は幅広く読む人に気づきを与えてくれると思います。興味があったらぜひ読んでみて下さい。そして読んだ事がある人や読まれた方はぜひ感想を教えてもらいたいと思います。
posted by たけたけ at 13:48| Comment(4) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月16日

自己紹介

初めまして。たけたけといいます。
主に本の紹介をメインにブログをやっていこうと思います。
知りたいこと、文章の改善点、その他要望などがあったら気軽にメールして下さい。お願いしますわーい(嬉しい顔)
posted by たけたけ at 05:43| Comment(0) | 自己紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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